2020年5月4日月曜日

プリペアド・ピアノの面白さ

 ジョン・ケージのプリペアド・ピアノ、つまり、弦の間に予め種々の素材を挟んで音色を変えたピアノ用の作品の楽譜には素材を挟む場所が細かく指定されているが、驚くべきことにそれは弦の駒からの長さで示されている(すべてを確認したわけではないが、少なくとも《ソナタと間奏曲》ではそうだ)。すると、ケージが想定していたピアノとサイズが異なれば、挟む場所の比率が当然変わってくる(たとえば1メートルの弦に対して「コマから50センチのところで」というのが元の指示だったとすれば、挟む場所までの弦長と全弦長の比は1:2になる。が、弦が1.2メートルなのに50センチのところにものを挟むと、1:2.4となり、音の高さも質も変わってしまう)。そこで、ピアニストは自分なりにあれこれ工夫をしなければならなくなる。また、挟む素材にしてもケージはいちおう具体的に指定しているものの、全く同じ材質や形状のものを現在の演奏家が手に入れるのは不可能だ(そもそも、元のものについての正確なデータがないのだから)。そこで、ここでもピアニストは自分で想像力を駆使して「音づくり」をしなければならない。
 しかし、ピアニストが目指すべきなのは必ずしも「ケージが思い浮かべた響きを再現すること」ではない。なるほど、ケージは自身のプリペアド・ピアノ作品がとんでもないプリパレーションで演奏されたのを聴き、この種の作品を書くのが嫌になったそうだが、逆に本人が想像だにしなかった素晴らしいプリパレーションも可能なはずだからだ。つまり、ピアニストもここでは「創造」に何かしら関わることになるわけだ。そして、だからこそケージのプリペアド・ピアノ作品の演奏を聴くのは楽しい。弾くのはもっと楽しいだろう。いつか自分でも演奏に挑戦してみたいものだ。