2020年7月1日水曜日

「七回も八回も録り直し」

 昨日ほんの少し話題にした《地平線のドーリア》だが、私が愛聴しているのは若杉弘指揮の読売日本交響楽団による演奏だ。この録音のプロデューサーの回想によると(立花隆『武満徹・音楽創造への旅』、文藝春秋、2016年、619頁)、一度録音が終わったのち、作曲者がそれを聴いて作品に不満を覚えた箇所を書き換え、再度録音したものだという。しかも、その時点で製作予算を使いきってしまっていたので本来再録音など無理だったところ、演奏者がボランティアで臨み、作曲者立ち会いの下に「七回も八回も録り直し」(同)たのちにできた録音だとか。この名曲・名演にそのようななかなかに感動的な裏話があったとは少年時代の私は知るよしもなかったが、とにかく初めて聴いたときからこの演奏には魅せられ、今でも好んで聴いているわけだ。
 さて、その同じ作品を武満の盟友・小澤征爾が指揮した録音もある。が、こちらはなぜかさほどよいと感じたことがなかった。同じディスクに収められている他の曲の演奏はどれもよいのに……。が、この疑問についても、前掲書が答えてくれている。すなわち、小澤はこの曲を好んでおらず、作曲者に「『武満さん、悪いけどぼくはあの曲全くわかんないよ』といったことまであります」(同、623頁)というのだ。なるほど、これでは演奏に説得力がないように感じられるのも仕方がない。しかし、だとすれば、小澤は録音を拒んだ方がよかったろう。
 『武満徹・音楽創造への旅』は武満への長いインタヴューと綿密な取材に基づく労作であり、いろいろと情報を与えてくれる。音楽に関する立花の評価や記述にはあれこれ不満や同意しがたい点もあるものの、とにかく武満の音楽へと読み手を誘う本であるのは確かだ(ここ数日、私が武満の作品を聴いているのは、同書を再読し、興味が再燃したからである)。