夏になると無性に聴きたくなる曲は先日話題にしたフォレのピアノ五重奏曲第2番以外にもいくつかある。その筆頭にあげられるのがドビュッシーの《海》だ。私はとにかく暑いのが大の苦手であり(その代わり、寒さは割合平気だ)、それだけにこの時期にはとにかく「涼」を音楽に求める。となると、やはり「水」に関わる音楽が好ましい。
が、この《海》を選ぶのはそれだけではない。何か子供の頃、夏に抱いた「わくわく感」――今の自分がほとんど失ってしまったもの――を喚起するものがこの曲にはあるのだ。そうした感覚を子供は他の場面でもいろいろと持っているはずだが、それは成長するにつれてどんどんすり減ってゆき、やがて重たい「現実」に取って代わられる(魯迅の短編「故郷」で巧みに描かれているように)。が、完全に忘れ去ってはいないものを(私の場合には)この《海》が引き出してくれて、淡い幸せな気分をもたらしてくれるのだ。少なからぬ人が、私の場合の《海》のような音楽や、音楽以外でそれに相当するものを持っているのではないだろうか。