2021年11月1日月曜日

「非和声音」という語への不満

 今日普通に使われている種々の訳語には全く問題なくしっくりくるものもあれば、できれば変えた方がよいものもある。哲学関係の用語には後者に属するものが少なからずあるようだが(この点で、たとえばカント『純粋理性批判』の翻訳で石川文康氏が試みている訳語の改良はまことに興味深い)、西洋音楽関係でもいろいろと目につく。

真っ先にあげたいのが「属(和)音」という訳語だ。その問題点についてはすでに少なからぬ人が指摘しているが、つまりは「支配するもの」という意味のDominantという語に「属」という逆の意味の字が用いられていることだ。にもかかわらず、その訳語が定着してしまっているものだから、今更これに代わる訳語を見出すのはなかなかに難しい。そこで、せめてもの抵抗として「ドミナント」と音訳するというのが暫定的な処置だが、やはりいつか適正な訳語を考えるべきだろう。

あるいは「非和声音」という語もあまりよくない。英語には確かにnonharmonic toneという語があり、これを素直に訳せば「非和声音」となる。が、nonchord toneという語もあり、こちらは「非和音(構成)音」と訳せるが、日本語の「非和声音」が指しているのはまさにこちらの方だ。なお、独語のfremde Töneや仏語のnote étrangèreという語は直訳すれば「余所の音」だが、何に対して「余所」なのかといえば、「和音構成音」に対してであり、つまりはnonchord toneと同じことである。そして、「非和音構成音」であっても「和声」には関わるわけだから、これを「非和声音」と呼ぶのはやはり具合が悪い。そこで、この語はフランス音楽理論の訳語として用いられている「和音外(の)音」に代えるか、さもなくば「非和音構成音」とするのがよかろう。

……といったふうに、「普通に使われてはいるが、訳語を見直した方がよい音楽用語(や作品名の邦題)」は探せばいろいろ見つかるだろう。そして、これもまた十分価値と実用性のある音楽学の研究(実践)課題だと思う(ので、誰か取り組んでみてはどうだろうか)。