2024年12月23日月曜日

窓の大きさ

  愛犬の散歩をしていると、近所で古い家が壊され、その後に新しい家がどんどん建てられているさまが目に入る。世代交代というわけか。それにしても、これだけ不景気なのに、よくもまあ次々と。「『一寸先は闇』の世の中で長期ローンを組むなど、何と剛毅な!」と他人事ながら心配にもなる。それだけこの国に「持ち家」や「土地」というものに対する信仰が未だに根強くあるということなのだろうか。

 それはさておき、そうした新築の家を見ていると、1つ気になることがある(精確に言えば、妻に言われてはじめて気がついた)。それは何かといえば、「窓」の小ささだ。どの新しい家も(妻や)私などの感覚からすると小さすぎるし、数も少なすぎる。自然光がほとんど入らないようなつくりなのだ。自分ならばそんな家には住みたくはないが、「多勢に無勢」「衆寡敵せず」である。それが昨今のモードなのだろう。

 とはいえ、いらぬお世話ながら、つい、こう考えてしまう。つまり、「そうした窓の家で生まれ育つ子どもには、何かしら影響があるのではないだろうか?」と。小さくて数少ない窓の家では、外から家の中が見られることはないが、逆に中から外のこともあまり見えない。すると、そのことが子どもの「心の窓」のありように、ひいては対人関係にも何かしら反映されるのではないだろうか?

 もちろん、新しい家の窓がそうしたかたちを取るのにはいろいろと現実的な理由があるのだろうし、そのこと自体をどうこう言うつもりはない。が、その違いが何をもたらすのかが、ふと気になったわけだ。