2021年4月27日火曜日

たとえ稚拙でも

  「何だこれは? わからない!」と強く思わせる音楽作品ならば、後々までその印象は残るだろうし、再び理解すべく挑んでみるということも起こりうる。

 だが、今日耳にする多くの新作――まことに巧みに書かれたもの――はそうではない。右の耳から入り、頭の中をしばし心地よくさせたのち、ただちに左の耳から抜けて出てゆき、後には何も残さない。

 たとえ稚拙でも、「何か」を残してくれる音楽の方がはるかによい。これは演奏についても同じだ。