2021年9月21日火曜日

些か残念

  カズオ・イシグロの最新刊『クララとお日さま』(土屋政雄・訳、早川書房、2021年)を読んだが、すっきりしない読後感が残った。彼のこれまでの作品にも読んでいるうちにいろいろ「もやもや」感を生じさせる「仕掛け」はあったが、いずれの作品でも「謎」は最終的にはきちんと物語の中で回収され、しかるべき効果を生むとともに読後に満足感をもたらしてくれた。が、今回の『クララとお日さま』では「未回収」のネタがいくつもあり、最後まで「読ませる」作品ではあったものの、小説としての完成度は必ずしも高くないと私は思う。もちろん、この作品に満足している人の感動に水を差すつもりはなく、これはあくまでも私個人の感想に過ぎない。が、イシグロ作品の愛読者の1人としての些か残念な思いがするというのが正直なところだ。次作に期待したい。

 なお、 土屋政雄氏の翻訳はまことにすばらしく、最初から日本語で書かれた小説と見紛うばかり。かつて『日の名残り』を読んで私はイシグロ・ファンになったが、同時に訳者の土屋ファンにもなっており、今回もまた氏の見事な職人芸に圧倒された。

 

 そういえば、イシグロの『充たされざる者』には「現代音楽」を茶化しているところが多分にある。主人公の「世界的ピアニスト」ライダーの演目として《石綿と繊維》なる珍妙な作品(この謎めいた題名がいかにも「現代音楽」的だ)のことがしばしば話題にされるのだが、結局、その作品が具体的にどんな音楽であるかには一切触れられていない。というわけで、誰か、この《石綿と繊維》を作曲してみたらどうだろうか。