2021年3月2日火曜日

メモ(36)

 「作品解釈」に専念する演奏よりも「作品をダシに己の個性を誇示する」演奏の方が簡単に思われるかもしれないが、そうではない。「己の個性」などというものはよほど才能ある人ではない限り、あっという間にネタ切れになってしまう。その点、作品はいくらでもあるわけだから、ネタ切れの心配はない。下手に己の個性を誇ろうとしたり、中途半端に「解釈」に面白みをだそうとしたりするくらいならば、数多ある既存の作品できちんとした演奏解釈を目指しつつプログラムの妙で勝負する方が演奏家としてはずっと豊かな成果が期待できるだろうし、聴き手にとってもその方がありがたい(と言いながらも、燦然と輝く個性的なパフォーマンスで魅了してくれる演奏家の登場も私は期待しているが……)。