2021年2月9日火曜日

メモ(33)

  昨日述べたような芸術「作品」のとらえ方は「プラトニズム」に真っ向から対立するように見えるかもしれない。が、そうではない。なるほど、作品の「本質」や「理想像」などというものを人が確かめることは原理的には無理である。が、そうしたものを求めて作品を扱うことはできるわけで、事実、そうされている(それゆえ、「プラトニズム」はゲームの規則のようなもの――行為の「努力目標」だと言い換えてもよい――だと見ることができる)。そして、そこから1つの作品をめぐって複数の「平行世界」が生じるわけだ。