2021年2月4日木曜日

幻想曲「アフリカ」の幻想

 今年没後(まだ!)100年のサン=サーンスは名前こそ有名だが、それに見合うだけの待遇を受けているとは言いがたい作曲家だろう(たぶん、今年「サン=サーンス全集」のようなCDボックスは発売されないだろう。ドビュッシーやラヴェルのものは記念の年に出たというのに)。演奏で取り上げられる作品数は限られており、まことに「もったいない」と思う。

 それゆえ、昨日も話題にした『蜜蜂と遠雷』の中にサン=サーンスの名を見つけたときは嬉しかった。主要頭像人物の1人、風間塵が第三次予選で《幻想曲「アフリカ」》を取り上げているのだ。この曲はサン=サーンスお得意の「異国もの」(音楽にも造詣の深いエドワード・サイードならばこれをどう評しただろう?)の1つで、ピアノと管弦楽のための作品である。もちろん、コンクールは独奏なので、物語の中では演奏者自身による編曲版が弾かれたことになっている。さぞかしスリリングな演奏なのだろう。

 実はこの曲には作曲家自身によるピアノ独奏版がある。そして、インターネットで簡単に楽譜は見られるし、you tubeでもいくつか演奏を聴くことができる。が、なかなかよい演奏はない。皆、それぞれに達者なのだが、軽やかさと優雅さに欠けるのだ。そして、それこそがサン=サーンスの作品でかなり重要な点であり、本人が遺したいくつかの録音では実に見事に実現されている。

 もちろん、「作曲家の演奏が一番だ」という保証はどこにもなく、作曲家と異なる解釈であってもそれが魅力的ならばよいわけだが……(ただし、サン=サーンスのピアニストとしての超名人芸がかなりハードルを上げてはいる)。そして、それだけに風間塵の演奏(実際に聴くことはできず、読者が頭の中で思い浮かべるしかないもの)についての幻想が膨らむのである。