2020年6月12日金曜日

初めて《ヘルマ》を「観た」とき

 昔々、初めてクセナキスの《ヘルマ》の実演を「観た」のはクロード・エルフェの演奏だ。1980年代前半の金沢では、それは千載一遇の機会だった。そのとき上へ下へと鍵盤上で素早く手を動かすピアニストがまるで千手観音のように見え、音だけで聴くよりも格段に「超絶技巧」に圧倒された(舞台には何とも優雅に登場したエルフェだったが、この曲を弾き終えるとふらふらになって退場した)。
 その演奏会は金沢日仏協会主催で、フランスの近現代の作品を集めたもの(インターネットで調べてみると、19845月の開催)。演奏者はエルフェに加え、フルートのピエール=イヴ・アルトーという豪華メンバー。ドビュッシーやラヴェルなどの「聴きやすい」作品とクセナキスなどの「現代音楽」が組み合わされた演奏会で、客席はなかなかの入りだった。
 多くの聴衆は別に(当時の)金沢では滅多に聴けなかった現代音楽が目当てのわけではなく(休憩中や終演後にたまたま耳に入ってきた話し声から察するに)、どうやら日仏協会の行事ということで聴き来た人たちが多いようだった。彼らの耳に現代音楽はどう聞こえただろうか? 内心は知るよしもないが、少なくとも客席の雰囲気はなかなかよかったと記憶している。忘れがたいのは終演後のこと。目の前を歩いていたお客の1人が連れに「(《ヘルマ》の動作を真似しながら)これもよかったけれど、(アルトーが吹いたバス・フルートの形状を動作で表しながら)あれも面白かったわ」と語る場面に遭遇したのである。これはなかなかに心温まる光景であった。