2020年6月17日水曜日

誰か弾いてくれないかなあ

 エルンスト・クレーネク(1900-91)は高名な作曲家だが、昔はその作品に触れることはなかなか難しかった。が、幸い近年はいろいろな作品の録音がなされ、you tubeでもあれこえ聴くことができる。もっとも、長命で多作家だったために、「聴ける」作品はまだまだ多いとはいえない。それは今後に期待しよう。
 私が今もっとも聴いてみたいのは初期のピアノ・ソナタ第1番変ホ長調作品2だ。これはいわばリヒャルト・シュトラウスの交響詩のピアノ版のような趣がある(ただし、和声はもっと複雑で、これにはクレーネクの師匠、フランツ・シュレーカーの影響がうかがえる)何とも雄大な作品で、普通の聴き手にも十分に喜ばれる作品だと思う。誰か弾いてくれないかなあ。

 クレーネクといえば、まことに大部の自伝がある(https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9783992000487)。同書は1000頁以上もあるにもかかわらず、そこで述べられているのは著者の長い一生の中でのごく限られた時代のこと、すなわち、1937年までのことでしかない。が、この区切りには意味がある。すなわち、翌年にオーストリアはナチス・ドイツに併合され、同年にクレーネクは米国に移住しているのだ。同書の副題は「モデルネの回想」であり、それはいわばクレーネクにとっての「昨日の世界」を描き出した貴重なドキュメントだといえよう。それゆえ、これは翻訳・紹介される価値が十分にある(ところで、ツヴァイクの『昨日の世界』もそろそろ新訳が出てもよかろう。既存の訳がもはや耐用年数を過ぎているからだ)。